|伊豆なびトップ|サイトマップ|お気に入りに追加|
伊豆の情報誌| 伊豆の癒し旅| 伊豆温泉情報| 伊豆観光情報| 伊豆88ヶ所霊場| 巡礼の方法|
伊豆八十八ヶ所霊場
伊豆八十八ヶ所霊場の起源
江戸時代から巡礼されていた由緒ある霊場
伊豆には弘法大師の足跡も多く、伊豆の88ヶ所霊場も四国の巡礼地と同様、弘法大師が携わった巡礼地だとされている。全国的に有名な修善寺温泉などは、弘法大師が発見したとされる。修善寺が2007年に1200年祭を開くのも、歴史的な裏付かもしれません。現在では、伊豆に弘法大師が来たことを証明する術はありませんが、弘法大師にまつわる昔話などが数多く残っている事も、伊豆88ヶ所霊場の特徴でもある。昭和に入ってから、全国に観光や癒しを目的に造られた霊場も数多くありますが 、伊豆88ヶ所霊場の28番札所「大江院」に、明治45年の日付が入った納経帳を筆頭に、それぞれのお寺に「豆州八十八ヶ所霊場」(昔伊豆は「豆州」と呼ばれていた。)の歴史にまつわる品々が保管されている。現在分かっているもので1887年の納経札が発見されている。少なくても、電話やラジオなどの通信手段も無く、車や電車などの交通手段も無い江戸時代でも、既に多くの巡礼者が伊豆88ヶ所霊場に訪れていたと思われます。
明治時代の納経帳が発見されて、そこから掘り起こしが始まる・・・
昭和40年台に、伊豆霊場28番札所「大江院」で発見された納経帳ですが、伊東市在住の田上氏がこれを機に、昭和50年に伊豆霊跡振興会を設立し、復興を目指した。この納経帳は28番札所「大江院」に保管されているが、何代か前のご住職の奥様に当たる方が巡礼した記録となっている。当然当時は歩きでの巡礼となるが、非常に険しい道のりであったと想像できる。特に西伊豆の70番札所〜88番札所までの道のりや熱海越え等は、相当な覚悟がなければ、結願出来ないと思われます。白装束をまとっての巡礼姿が目に浮かびます。この納経帳は伊豆霊場28番札所の「大江院」から始まって、27番札所「東林寺」で結願していますが、当時の納経帳の記録でおおむね1月半での巡礼となっている。
伊豆霊場6番札所「金剛寺」で木版が発見される。
この木版(版画)は、田上氏が調べていくうちに6番札所「金剛寺」で発見された。明治22年の日付が左上に彫られていますが、当時の伊豆八十八ヶ所霊場と現在の札所で数ヶ所違っている。誰が、いつの時点で、札所を入れ替えたのかは全く不明で、現在は当時の札所のお寺が存在しない所もある。
更に近年に伊豆霊場21番札所「龍澤寺」で160年前の石碑が見つかる。
最近発見された石碑で、伊豆八十八ヶ所霊場の21番札所「龍澤寺」にある巡礼記念碑です。四国や西国と並んで、一番左の行に伊豆八十八ヶ所霊場が彫られている。(写真左)又、石碑の建立日が「天保十五年(1844年)」となっていて、これは2000年起算で156年前となります。少なくとも江戸時代から伊豆八十八ヶ所霊場は存在していたとされる。 その他にも伊豆霊場各札所には、年代は不明ではあるが、巡礼の風景などが書かれた掛け軸や書物などが多く残されている。
|ご利用規約|お問い合せ|会社概要|